たった一つの持ち物

仕事

雨ばかり降っていて気分も晴れない日々が続いています。

お天気って大事なことですよね。
お日様の明るい陽射しは人の心も明るくしてくれますしなんと言っても洗濯物が乾くし普段の買い物も億劫にならずに出ていくことも出来ます。
それが雨だと明日でもいいか~と外に出るのもユウウツに…

そんなこともある中で今日は仕事やわ~嫌やな~。

雨のせいばかりではありませんが介護がしにくい状況が増えてる我が施設。
ロシアンルーレットを思い出して今日は勝ちと出るか負けと出るか…
いや勝ち負けではありませんでした。

ラッキーかアンラッキーか。
その日の運に左右される日々なのでドキドキしながら出勤をすることになります。


家に帰りたい

昨日のことです。

一番新しく入所されたフジタのおじいちゃんが大暴れの夜となりました。

フジタさんと言う方は…系列の施設からこられた方です。
うちの施設は系列の施設で面倒を見切れないと言った方をこちらに回してくるので手がかかる利用者さん。

入られる前はうちの職員さん達も戦々恐々?
ナースさんからの情報で簡易的なサマリー(カルテのようなもの)を見るととんでもないおじいちゃんのようでお姉様達はみんなで社長に退職を言おうかなど相談しあっていたほどの利用者さんです。

どんな人なんだろう…
お姉様達もかなり抵抗をしましたがナースのリーダーさんの鶴の一声で決定したこと。

系列の施設は普通の施設ですがうちの施設を姥捨て山と勘違いしているのか暴れたり暴言暴力の酷い利用者さんはあそこに回せばいいやーんとナースのリーダーの方に訴えられるのでしょうね。


とうとうフジタさんがうちの施設に入所されることになったのは3月のことでした。


前情報があまりにも酷いのでどんな人かとビクビクしながらフジタさんが入られてわたしの初夜勤の夜。
そのドアを開けると簡単な受け答えは出来るおじいちゃんでした。


わたし
わたし

初めまして~ 〇〇と申します

よろしくお願いします~と挨拶をすると



フジタさん
フジタさん

気を付けて帰るんやで

帰る?


わたし
わたし

夜勤なので今から仕事ですよ~

認知症と精神障害を持っておられるので会話の中身は噛み合いませんがとんでもない利用者さんの印象ではありませんでした。

何よりも気を付けて帰るんやでってこちらのことを心配してくれる優しい人やーんと嬉しくなりそう手がかかることもないのではと安堵した初対面でした。


そして事務所の真ん前の部屋に入所されたフジタさん。
落ち着いて寝てくれたらいいなぁと願って時間が進んでいくと部屋の中からドンドン音がするではありませんか。

なになに。
なんの音?

そして同時に聞こえてくる言葉は






フジタさん
フジタさん

開けろ~外に出せ~

ドアを蹴りなにやら暴れてる様子。

わたし
わたし

さっきはあんなに大人しかったのに….

しかし転倒されているのでは…
恐々居室に伺うと出ようとしているフジタさんとわたしで押し合いになりました。

わたし
わたし

こんな時間にどうされました?

そう遅い時間でもありませんでしたが深夜だとお伝えすると



フジタさん
フジタさん

夜中なんか

わたし
わたし

そうですよ 夜も遅いのでとりあえず横になりましょう

フジタさん
フジタさん

そうか~夜中なんや

そうそう夜中ですよ~と誤魔化してベッドに寝て頂くことが出来ました。

寝て頂いてもわたしの手を放しません。
老人といっても力のあるおじいちゃんなので




わたし
わたし

フジタさん 手が痛いわぁ

そう言うと
自分が力を入れて手をつかんでいることがわかったフジタさん。




フジタさん
フジタさん

あ….ごめんなぁ


嫌な人じゃない。
一人で居室に寝ているのが不安になったんやわ…
そう判断してフジタさんに



わたし
わたし

フジタさん喉乾いてませんか?

フジタさん
フジタさん

うん 喉乾いた

わたし
わたし

そうでしょ お茶持ってきますね

フジタさん
フジタさん

ありがとう

そしてお茶を飲んでいただききちんとお布団をかけなおしてまた朝になったら来ますね~と言って退室したのですが事務所に戻ってフジタさんに処方されているお薬を確認してみますとかなりキツい精神薬が出ているのがわかりました。


大人しくさせるために薬で抑えてあるから大丈夫~とナースさんが言っていたのはこのことですね。

元々はきっと優しい人なんやわ…
ただ精神障害があるせいでその時々の自分の感情が抑えられない。
ちゃんと言えばわかってくれると判断したわたしはそれからフジタさんが居室の中で暴れていても怖いと思うこともなく日々が過ぎていきました。



着の身着のまま

いくつかの施設で働いてきました。

その中で一番びっくりしたのが利用者さん達の荷物です。

前もって施設入所と言うことで見学があったり打ち合わせ等の相談があったりご家族さんとの面談があり正式に入所となれば家財道具とかの荷物を持ってこられます。
そういう利用者さんの居室はご自宅のように完璧ではないにしろテレビや整理ダンス家財道具に囲まれて過ごしていかれます。

どう言う経緯か知りませんがまったく荷物を持たずに入所される利用者さんが結構おられました。

最近もそんな話をお姉様達と話していて




わたし
わたし

居室になーんもない利用者さんって住んでた時の荷物は?

お姉様
お姉様

知らんけど福祉かなにかの人が捨てるんやろ

捨てるって…
衣類もですし思い出の写真とか大事にしていた物とかどうするんですか?

お姉様
お姉様

〇〇さんの入所の時は…

現在もおられる〇〇さんの時は市から?
そのあたりの経緯の知識がないのでわからないんですが一人暮らしの老人で自力では生活が出来ない。
ご近所さんや病院から市に連絡がいき福祉事務所?から適当な施設を紹介しいきなり施設に入居。

こんな感じかと思います。
(違っていたらすみません)

その時のご自宅の家財道具などは誰かが処分するのでしょう。

そしてホントに着の身着のままある日知らない場所で生活が始まってしまう….

プラスティックの3段ボックスを使っていただき以前おられた利用者さんの衣類を使いテレビやラジオなどもなにもなくポツンと置かれているベッド。


食堂にはテレビがあり好きな人は見ることが出来ますが…
いや好きでも歩けない利用者さんはお食事の時にしか食堂に連れてくることはありません。
だとすると夜…
夕方の食事が終わった後はなにも音のしない夜になってしまいます。

夕方から朝までの長い時間。
天井を見ているだけの時間。

一体なにを想ってるんだろうな….
時々ふと家でくつろいでいるときにそんなことを思う時があります。


わたしが働いてきた施設には居室に家財道具がまったくない利用者さんがたくさんおられました。
ほとんどが生活保護の方です。

大事にしていた写真とか思い出の小物とか….
そんなものを持っていた記憶もなくなってしまったかのように言う人は一人もおられませんでした。


自分の過去も全て無くしてしまったんやろか….




放置された骨壺

ある施設で働いていた時のことです。

モモちゃんと言うおばあちゃんがおられました。
その日同僚からモモちゃんの居室の掃除してや~と指令を受けて掃除機を持ち込み掃除をしていた時のこと。
居室の隅に置かれていた白い紙袋がありました。

数年経っていることもありその白い紙袋はちょっと黄ばんで…
整理ダンスもテレビもなにもないモモちゃんの居室に置かれていた紙袋。
掃除機をかけるときには床に置いてあるものはどこかに一旦置くのが普通かと思いますが置き場所さえない。

わたしはそのまま掃除機をかけだしました。

すると掃除機の先端の部分が紙袋に当たりコツンと固い物にあたったような音が…

なんだろうな~と紙袋を覗くと見たことのあるものが入っていました。
それは身内が亡くなった時に見たもので遺骨を入れてある銀糸で出来た布の箱。

まさか….
まさか骨壺?


紙袋に入れて居室の床に放置されている骨壺。

これ。
こんなところに置いてていいん?
慌てて事務所に行き責任者にそれを伝えますと



責任者
責任者

あ~モモちゃんの旦那さんちゃうかそれ

わたし
わたし

旦那さんって…お骨を床に放置って…

責任者
責任者

放置もなんも人様のものどうしようもないやろ

わたし
わたし

そうでしょうが供養とかお墓とか

んなことわたしらが入っていける問題じゃない。

そう言われて確かにそうではありますがお骨を床に放置って。

すでにそのモモちゃんでさえ旦那さんの遺骨が床にあることさえ忘れていました。
せめて押し入れでもあればその遺骨が入った紙袋が入れれるのに…
押し入れもないその施設ではプラスティックの整理ダンスの上にはお尻拭きやティッシュがぎゅーぎゅーに置いてありとても遺骨を置くことが出来ませんでした。

わたしはモモちゃんの居室に入るとどうしてもその紙袋に目がいき会ったこともないモモちゃんのご主人様に心の中で手を合わせていました。


着の身着のままの入所では家財道具が処分とお話しましたが荷物は処分してもきっと骨壺までは処分出来なかったんでしょう。


誰かがその遺骨をお寺様に持って行って供養していただく。
そんなことは理想論で実際は生活保護でいきなり入所となると人の遺骨さえ適当に扱われてしまう…
あの時の衝撃は今でも覚えています。


帰る場所もない

先ほどのフジタさんが最近毎晩帰りたいと強く訴えられて困っています。

入所されて3か月が過ぎた今ですがどうしたんでしょう。
急に帰りたい帰りたいって。

ラウンド(オムツ交換の時間)で伺う度にベッドの柵にしがみつき足をバタバタして抵抗しています。

段々声も大きくなりほぼ怒鳴り声でわめき散らします。
そして柵を掴んでない方の手でわたしを叩きます。
帰りたい言うてるやろ~静まった施設の中にフジタさんの怒鳴り声が響き微熱も出ているので検温もしなくてはなりません。


どの対応が一番いいんやろと考えても興奮しているフジタさんに対処方法はなくて焦ります。


とりあえずお話を聞こう….
背中をトントンしながら

わたし
わたし

フジタさんどうしておうちに帰りたいん?

フジタさん
フジタさん

友達に会うんや

わたし
わたし

お友達に会いたいんやね

会ってなにをするん?


そう聞くと



フジタさん
フジタさん

カラオケに行きたいねん

わたし
わたし

カラオケ? ぁ~いいやんそれ

フジタさん
フジタさん

友達待ってるねん

そうなんやそうなんや…
カラオケに友達と行きたい…


んじゃおうちに帰れるように準備しよか。


その言葉にやっと柵から手を放しこちらに体を向けてくださったフジタさん。
💩の匂いもしてるし検温もしなくてはならない。
この状況をまずは納得させないと抵抗されてしまうことを考えて


わたし
わたし

おうち帰る前にお熱はかっとこ?

ほらお熱あったらカラオケにも行かれへんやん。

素直に体温計を入れさせてくださったのでその間はカラオケ行って何歌うん~?
清水の次郎長の歌?昔実父が歌っていたことを思い出し


し~み~ず~なんちゃらのなんちゃら~って歌やんな。


そう言うとフジタさんは歌い出してくださいました。


検温無事に終了。37.5度。
眠前薬にカロナール追加やな。
後はクーリング(氷枕)

歌い終わったフジタさんに次は何歌うん~?
フジタさんの年齢だと橋幸夫とか?誰が好き?どんな歌何時も歌ってたん?


フジタさんが答えてる間にちゃちゃっとオムツ交換で必要なものを準備しながら



わたし
わたし

わーもっと聞きたいわぁ

フジタさん
フジタさん

そやなぁ…次は石原裕次郎のあの….

うんうん。石原裕次郎やな。
もっと聞きたいなぁ…


機嫌がよくなったフジタさんは石原裕次郎の歌を歌い出しわたしはその間にオムツ交換を終えました。


さてここからどうしたものか…


家に帰りたいと言うことはもしかして忘れてるかも。

わたし
わたし

フジタさん お下もさっぱりしたしお茶も飲んだし

夜も遅くなったからまずはゆっくり寝よう…
また後で様子見にくるからなぁ…

それで一旦は収まったフジタさん。

そして居室からでようとするとまた叫びだしました。
家に帰るんじゃー
家に帰りたいんじゃー


はぁ…..


この夜はラウンドの4回と朝食の食介の合計5回ともこんな状態で…
フジタさんに叩かれた手は赤く腫れてわたしの手をクーリングせねば~と氷を出してきました。



フジタさんは数十年前にアパートでボヤ騒ぎを起こし一人暮らしは無理と判断されて施設入所になったそうです。
身寄りは誰もいません。
サマリーを見る限り親戚もおられないようでキーパーソンの部分にご近所の友人の名前が書いてありました。
(友人)とあるのできっともうどなたも身内がおられないんでしょうね。

そのアパートに一人暮らしをされていたのはもうかなり前のことなのでそこからの施設入所は多分15年ぐらいになるかもしれません。

それでも家に帰りたい。
友達に会いたい。
フジタさんの一人暮らしの時にはきっとお友達としょっちゅうカラオケに行かれていたのかもしれません。
それを思い出されたのでしょうね。

帰りたい…

住んでたアパートの荷物は処分されてしまっているのでアパート自体ももうフジタさんの家ではありません。
それでも帰りたい…自分の家に。


帰らせてあげたいと思いながらそれが出来ない現実。

帰る場所がない…

思い出しましたがフジタさんの居室の壁にかかっていたジャンパー。
Diorのジャンパーだけがフジタさんの所有物。

きっとそれを着てお友達とカラオケに行かれていたんだろうなぁ…


フジタさんがかつて楽しそうに歌を歌っていた時のことを想像してみました。

そして。
フジタさんが亡くなったらご遺骨って誰が供養してくれるんやろ…
それを想いつつ…独り身の高齢者さんってわたし達が今まで普通に思っていたりしていたことさえ普通じゃないんや。

近い将来のことを寂しく想像して平和な夜だったらいいなぁと願いまた今日も仕事に行ってきます。

コメント

  1. German news より:

    初めまして、〇〇さん。夜勤おつかれさまです。お茶を持ってきたので、ゆっくり休んでください。フジタさんがおうちに帰りたがっているのは、友達に会いたいからですか?カラオケに行きたいという話もありましたが、友達と会えるのは楽しみですね。お熱は計ってから帰った方がいいかもしれません。石原裕次郎の話も興味深いですが、フジタさんの体調が心配です。 German news in Russian (новости Германии)— quirky, bold, and hypnotically captivating. Like a telegram from a parallel Europe. Care to take a peek?

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