初めての友達

仕事

10月になると思いだす利用者さんがいます。
秋は空を見上げることが多くなって…
夕方のうろこ雲がオレンジに染まっていき雲の流れを目で追いながらどうしてるのかな~とその人のことを思い出したりします。


いくつかの施設で働いてきましたが一番中身の濃い思い出がある施設がありました。
そこは住宅型高齢者施設と名前はついていましたが入居しておられた方々はほとんど精神障碍者さんでした。

年齢も30代から70代の障碍者さんと高齢者さん数人がおられわたしはそこにパート採用されました。

高齢者さんにしか接したことがないわたしは先輩職員さんに


わたし
わたし

あの~お年寄りはおられないんでしょうか

先輩
先輩

あ~おるけど数人かな

観察してみるとどなたも大変お若い。
どうしてこんな施設に入居してるんだろうと不思議でした。

ちなみに障碍者さんと言いますのは
〇知的障害
〇身体障害
〇精神障害

の3つがあるそうですが、この施設は精神障害の方ばかり入居されていたんですね。

他の施設では高齢者さんばかり見てきたのでお若い方になんのサービスをするんだろうと思っていると
背後からなにかが迫ってくる気配が….

ビビりながら振り返るとフォークを振りかざしてわたしに突進しようとしていました。


きゃーっっっ

驚いて逃げようとしてるわたしに先輩職員さんが 

先輩
先輩

逃げたら余計に追いかけてくるで

わたし
わたし

逃げずにどうするんですかこれ

追いかけてくるってなにそれ。
余計にってなにそれ。


体は固まったままですが先輩職員さんが



先輩
先輩

ショウちゃん テレビ見てみパンダ映ってるで

先輩職員さんがそのショウちゃんと言う利用者さんにテレビを見てみと言うと
食堂にある大きなテレビの前まで行き映ってるパンダを笑顔で見ておられました。

ショウちゃんは45才ぐらいの男性で普段は大人しいそうですが
この日はたまたま何か機嫌を損ねることがあったらしくフォークでなにかを刺そうとしておられたそうです。

それが始まりで

わたし
わたし

これはあかん 怖すぎる


他にも色々な洗礼を受けて仕事が終わり
帰り支度をしながらサ責(施設のリーダーのような立場の人)に

わたし
わたし

あの~すみません


わたしてっきり高齢者さんばかりだと思って応募しましたがちょっと無理かと思います….
と言い始めると

サ責
サ責

大丈夫大丈夫 すぐ慣れるから頑張ってみ

わたし
わたし

慣れるってフォーク持って追いかけられることが?

サ責
サ責

たまに箸の時もある

フォークや箸を持って追いかけてくる….
これが慣れるとかそんなことよりもヤバいわここ….

初日から衝撃的な体験をし
普通ならあっさり勤務を辞退するかと思います。


が。



なんだかわからないけど先輩職員さんも笑顔でしたし
おばあちゃんのような先輩ヘルパーさんもニコニコしておられる…

わたしにも出来るんじゃないかな。
人に出来てわたしにやれないことなんてない。

すごく厚かましい考えですがその施設で頑張ると決めて
その後もうここに骨を埋めようかと思ったぐらい愛着の沸いた施設で働くことになりました。

障碍者さんとの挨拶

わたしはこの施設でお昼から夕方までの勤務で働き始めました。

出勤する時にガラス戸から中が見えています。
みなさん食堂でテレビを見ていたりヘルパーの後をついて回る人。
うたた寝してる人。それぞれです。
そのガラス戸の隣の壁にあるオートロックの番号を押しているとすでに数人の利用者さんがガラス戸にへばりついてきます。

さあ。
気合いれて入らないと危ない….

番号を押し終わりドアを開けると一斉にみなさんがまとわりついてきて
なにかしらの報告が始まります。

私のピンクのセーターがなくなってん。
僕のフォークは?僕のフォークがないっ僕のフォーク!!!!
耳の中におじさんがおるねん。100人おるねんぎゃーっ。
お茶ください。お茶。お茶。お茶。お茶くださーいっっ!!
それらを振り切ってそうなんやそうなんや~と言いながらなんとか事務所に入るまでが緊張の時間でした。

何故立ち止まって利用者さんの言葉を聞かない?
そう思われるでしょうね。

事務所の鍵をすぐ閉めて中にいる先輩の申し送りを聞きます。
そうしてる間も事務所のドアを蹴りドアをバンバン叩く利用者さん達。
一人の言葉を聞くと必ず大勢に囲まれるので仕方がないんですね。

これを笑顔で対応してるとまとわりつかれ、そして後ろからの羽交い絞め。

なのでわたしはいつも玄関のドアを開けた瞬間に事務所まで走って行くのです。
勿論いつも利用者さんがそんな暴力的な行為をしているわけではありません。
ただ、その日その時間によってそういう暴力的なことがあることを想定していないといけないので仕方がなかったのです。

障碍者さん…
今まで生きてきて障碍者さんと会うもしくは障碍者さんに接することはありませんでした。
たまに駅などで見かける身体障碍者さんはいました。
でもこうして施設に入居している障碍者さんを真近に見てすごく動揺しました。

みなさん一見健常者となんら変わりがない。
でも精神に障害を持っている方々は健常者が普通に思うことを違う世界で見ておられるので想像しないことが起きるんですね。そして一人一人の障害の内容が違います。

出勤する時にこんにちは~と声かけをするのが普通だと思ってましたが
そうすることによってそれからの仕事が出来なくなってしまうのでわたしは最初のうちはいつもいるのかいないのかぐらいの存在で接するようにしていました。

自閉症の利用者さん

タケダさんにお会いしたのはその施設でした。

それは秋のことです。

食堂の中にある手洗い場で何十分も水を出したまま手を洗うタケダさんに

わたし
わたし

長い間お水出してるので勿体ないですよ~

そう声をかけるとすぐサ責が飛んできて


サ責
サ責

そんなこと言うたらあかん 好きにさせたって

どうしてかをお聞きするとダメと言う言葉に反応をするので注意はしてはいけない。
と言うものでした。
お水は勿体ないけどダメに敏感に反応する方もおられたんですね。

そんなもんなんや~とタケダさんを観察してるとサ責からの説明があり
タケダさんは70歳。自閉症で学校は小学校に少しと支援学校にも通ったことはあるけどほとんど施設に入所で現在に至ると言うことでした。

見た目は40代後半、すらりと細く顔も童顔でどう見てもおじいちゃんには見えません。
スポーツブランドのジャージを着て1日中施設の中をウロウロしておられたタケダさん。
居室の中を見に行くとベッドが一つ置いてあるだけで他にはなにもありませんでした。
これも質問をするとタンスや物を置くと破壊してしまうのでそうするしかないそうです。

後1点注意を受けたのは同じエレベーターに乗らないこと。
一緒に乗っているといきなり殴ってきたりするので必ずタケダさんとは距離を置くことをアドバイスされました。

わたし
わたし

いきなり殴ってくるって….

自閉症とはそんな行動に出てしまうものなんや….

焦りはしましたけどわたしはあえてタケダさんに近寄っていこうと思いました。
声をかけてはダメ 注意をしたらダメ 近寄ってはダメ。
それでいいの?それが普通なの?人間が住んでいる施設でなんの接触もせずにただ生きてることを見てるだけ?

なにかおかしいのではと思いそれから毎日タケダさんに挨拶することを始めました。

わたし
わたし

タケダさんこんにちは~

わたしのことを無表情で見るタケダさん。
なんやこいつ 俺に話しかけてくるけど誰やこいつ。
と言いたげな顔をしていますが嫌やな~と言う態度には見えませんでした。

施設によって違うと思いますがこの施設では決まったスケジュールで利用者さんの居室への訪問介護になります。
タケダさんへのサービスは夕方18時からの20分間の身体介護でした。
サービスと言いますのは介護を提供することで時間時間名前が違います。
ところによってはそのサービスのことをプランと言っていた施設もありますしこのタケダさんへのサービスは
身体0と言う訪問介護にあたるそうです。

お風呂などの場合には時間がかかるので身体3とか時間によって数字が違うんですね。
そしてその時間の介護の種類も変わってきます。

タケダさんへの20分はバイタル測定と髭剃り、時々爪切りなどの簡単なもので毎日夕方はタケダさんの血圧などを計りながら行いました。
普通は居室などで行うものですがタケダさんの場合居室に二人っきりになると危険と言うこともあり必ず食堂で行うことの指示があり夕方椅子に並んで座りタケダさんとの時間です。

拒否されてない…
手首出してください~と言うと素直に手首を出してくる。
脇の下に体温計を入れる時も体温計るから脇に入れてもいいですか?
必ず声をかけてやっていると段々とタケダさんも笑顔で頷いてくれるようになりました。

いきなり殴ってくる。
この言葉にかなりビビっていましたがちゃんと言えばわかってくれる。
そう確信したわたしはその後わかってもわからなくてもちゃんと伝えようと….
これを徹底して毎日やっていくうちに


タケダさん
タケダさん

あ…あ…ああ…ああう

なにかをわたしに言いたいのでしょう。
ちゃんとした言葉にならなくても何か伝えたいことがあるんや…

その日からタケダさんがしゃべるようになったんですね。
最初はああとかうううとかちゃんとした日本語にはなっていませんでしたが
元々お話をされていたんだと思いました。

タケダさんの言いたいことをこれかもあれかもと考えながら

わたし
わたし

タケダさん好きな食べ物ありますか?

そう聞いたわたしにタケダさんが

タケダさん
タケダさん

や…き….そば

うわぁ~めっちゃ嬉しい。
タケダさんがしゃべったやーんっ。


それからタケダさんにあれこれ質問をして好きな食べ物 好きな動物 好きなこと。
たくさんたくさん聞いて言葉を出していただくようになりました。

ある時にはタケダさんに好きな歌ってありますか?
そう聞くと

タケダさん
タケダさん

やながせブルース


知ってる自分が嫌なんですが知っていました。

わたし
わたし

美川憲一の?

頷くタケダさんに歌ってみてください~と言うとなんとタケダさん

タケダさん
タケダさん

あめぇ~のふるよぉぉるは~

歌い出してくださったのです。
曲は途中で詰まり最後までは無理でしたがそのあとも他には?何を歌えるんですか?と
タケダさんの知ってる歌をリクエストして歌っていただくことも日課になりました。

日々タケダさんが変わっていき嬉しく思っていたある夕方。
タケダさんのお兄様ご夫婦が面会にこられました。
お兄様はいくつになっても弟さんが心配でそして弟さんを慈しみながら接してこられたんでしょうね。
ちょくちょく面会に来られてるそうでタケダさんを優しいまなざしで見つめながら声をかけてました。

すると返事をしないタケダさんにわたしが


わたし
わたし

お兄さん来てくれはって良かったですね

そう言うとタケダさん

タケダさん
タケダさん

うん….

返事をしたタケダさんにお兄様はびっくりされて


お兄様
お兄様

セイイチが返事をするなんて….

長年弟さんに声をかけていましたが返事をしたことはなかったそうです。
そして奥様も驚きながら



奥様
奥様

表情も柔らかくなってるし目が違うやんな

お二人はすごく感動されており歌も歌ってくださるんですよ~とお伝えすると

お兄様
お兄様

歌まで歌えるとは…

お二人は弟さんの変化にお喜びになりこれからもよろしくお願いしますとわたしに頭を下げて帰られました。

う~ん
う~ん….

正直なところを言いますとタケダさんをなんとかしたいと言う想いではありませんでした。
ただ施設での生活の中で誰からも声をかけられないとか怖いからと言って避けてしまう状況?
みなさんそれぞれ障害があってもそれは個性として受け止めながら楽しく過ごしていただくにはどうしたらいいんだろうと思っただけです。 

おはよう~こんにちは。
こんばんはと当たり前の挨拶は健常者でも障碍者でも言い合える言葉。
それもダメと言われてしまうなんておかしい、絶対に。

たまたまタケダさんの場合わたしが声かけをすることによって柔軟に変わってくださったのは良かった事例としても反対に障碍者さんの中にはどうしても声をかけて余計に委縮してしまう方もおられたんですね。
だからホントに一人一人の特性が違うので必ずしもそれが正解と言う答えなんていつもありません。
日々、どうしたらいいんだろうと考えながらこの施設での仕事はわたしに合っていたような気がします。

光栄なお言葉

タケダさんや他の利用者さんとの信頼関係も生まれフォークを握って追いかけてくるショウちゃんを交わす技も覚えました。

遠吠えをするキヨミさんに合わせて一緒に遠吠えをしながら笑ったり廊下で羽交い絞めにしてくるモトヨシさんをそのままブリッジで反対に落とすことも身に着けて少しづつではありましたがそれぞれに利用者さんの特性がわかりつつこの施設でずっと働きたいな~と思っていたある日。

わたしの出勤日ではない日にタケダさんは心筋梗塞を起こされ搬送されてしまいました。
その連絡はパートにいちいち来るわけではありませんので出勤をして知った時に

ぇ….と息が止まりました。
タケダさんの容体もわたしの立場では知ることも出来ずに日々が過ぎていき…
どんな状況なんだろうと悶々としていたある夕方。


お兄様ご夫婦がこられ数日前にタケダさんはお亡くなりになったと教えてくださいました。
そうでしたか….
これしか言えないわたしにお兄様が

あいつが生きてきた70年間でアンタが初めて出来た友達やったんやろな。

友達….

ヘルパーと利用者さんとの関係でしたがタケダさんにとってわたしなんかが友達にしていただいてホントに恐縮した想いでした。

友達…
初めて出来たたった一人の友達。

タケダさんそう思ってくれはったん?
ホンマに?

お兄様と奥様はわたしの手を握り泣きながら何度もお礼を言われ
ありがとう…ホンマにありがとうなと言って帰っていかれました。

もっとタケダさんと笑いたかったなぁ….
そう思いながらの帰り道。
空を見上げるとお星さまがたくさん輝いていました。

タケダさんはあの中にいてきっと友達のわたしを空から見てくれてるんやわ~と。

色々勉強させていただきましたありがとうございますタケダさん。








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