今年も一緒に

思うこと

3月26日…

わたしの実母は自分の誕生日に娘を産みました。

桜の花びらが舞う中で素敵な偶然をきっと喜んでいたでしょう。
これから毎年自分と娘の誕生日を…
お祝い出来る

そう思っていたでしょう。

ところがママは
幼い娘を手放さなくてはいけないことになりました。

それからママにとって
毎年くる3月26日は1年で一番寂しい日になったと思います。

自分が子供を産んでみると子供がこんなに大切なものかそして生きる糧になるのかがわかりました。
それを味わえなかったわたしのママ。
さぞかし辛い日々を送って過ごし亡くなってしまったんだろうなと思うと胸が切ないです。


タケノコの煮物

わたしは大人になって
ママがちょっと前に亡くなったことを聞かされました。

同じ大阪に住んでいたようでよく行っていた場所の近くにお店を営んでいたそうです。

亡くなった時にご近所の方々に非常に親切にしていただいたと聞いたのでご挨拶に回りました。
するとお店の向いに住んでいたご夫婦が食事をしていきなさいと言ってくださりお邪魔させていただくことになりました。

いつもあなたのことを聞かされていたんやで~とご夫婦は初対面のわたしを孫のような目で見てくださるのです。

あなたはタケノコの煮物が好きやったんやろ?

タケノコ…
好きではありませんが一時期タケノコの煮物を作るのにハマっておりしょっちゅうスーパーでタケノコを買っていたんですね。

それが娘がタケノコが好きやねん~と言っていた時期とまったく同じでびっくりしました。

他にもわたしの好きなものやわたしのことをたくさん知っておられこちらのご夫婦のお話をしんみり聞かせて頂きました。

わたしはママと幼い頃に別れて…一切接触がありませんでした。
でもその後1度だけ会ったことがあります。
中学を出て高校も中途半端に投げ出し自暴自棄になっていた頃。
自分の母親に会ってみたい…
そうして大阪まで来たことがあります。

会ってみた母は想像していた母親ではありませんでした。

この人にはもう違う人生があるんだ…
そう感じてわずかな時間での会話の後大阪から名古屋に帰りました。

夏。
喫茶店での再会….目の前に置かれたアイスコーヒーは苦い飲み物でした。

それからのわたしは。
特に会いたいと思うこともありませんでしたし大阪のどこかにそんな人がいる….とその程度でした。

たったの1度だけ会ったわたしのお母さん。

ところがママはわたしのことを知り合いやご近所さんに
娘が体調を崩してるから手伝いにいかなあかんねん~とか。
娘がこれが好きやから今から持っていくねん~とか。

わたしとの関係を今をも続くようなことを空想して?願いとして?
話をしていたそうです。


わたしとママはその後生きている時には会えなかったけれどもずっと傍にいたのかもしれません。

桜の木の下に

ママが亡くなったと聞かされてからはその後始末の為に翻弄しました。

子供はわたし一人しか産んでいなかったようで相続の関係です。
お葬式はすでに済んでいても法律と言うものがあり実子が手続きをすることがたくさんありました。

まだ若いわたしにはホントに苦難でした。
裁判沙汰の手前のものやらママの身内との相続のことで来る日も来る日も揉めてうんざりしていました。

そして人間と言うもののあさましき姿を見て身内が亡くなったと言うのに….
たった一人の娘に残された財産をあの手この手でとりあげようとしてる親戚達。
営んでいたお店の中身はむしり取られて残骸だけが残っていました。


それらを一人で片付けながら身内なのにこんなことをするんや….
呆れながら手続きだけを淡々と済ませる日々でした。
そしてママのお店の常連様が言っていた言葉。
証券会社のその人はどうしても娘さんにしか渡したくない。
何度も親戚達が証券を渡せと言ってきたそうですが阻止して守ってくださったそうでした。


知恵はなにもありませんでしたがどうしても実母が残したものは渡したくない。
この一念で守りきりました。

お骨を引き取りお仏壇を買い位牌に向かって..

今なにを思ってるん?

そう問いかける日々が始まりました。


それからの数年。
ママの遺骨はお寺様に預けたり色々なところに預けて供養してもらっていました。

そんなある日のこと。
実父が我が家に遊びに来た時に住んでいる山々を見上げて

霊園がたくさんあるから桜の木の下に移したらどうや?
と言い出してくれたのです。

そしたらもう狭くて暗いお寺様の納骨堂などから出してあげられる…
そう思いママを近くの霊園の桜の木の下に埋葬することが出来たんですね。

いつかわたしが死んでしまった後に誰もお墓参りに来てもらえない。
ママが寂しくないように…
春には桜の花びらがたくさん舞って賑やかにしてあげたい。

二人の誕生日には桜がお祝いしてくれる….

墓石には生きてる間に会えなかったけれど天国では一緒にいられるようにと言葉を掘っていただきました。


そしてその場所は山の頂上にありママの孫が通う小学校中学校そして高校も見渡せる場所。
天国から孫の姿をずっと見ていられるなぁ…

命日にはすぐ近くにある霊園に行きママと話をしています。
今年の会話はきっと
孫に赤ちゃん産まれるんやで~となるでしょうね。

必ず聞くのが
今何を思ってるん?



ずっと知りませんでしたが
わたしのために残してくれたたくさんの物の中に
見つけた母子手帳

そこにあった生年月日

わたしはそれから毎年
ママの誕生日にお祝いをしています。

桜が舞うと





今年もまたお誕生日が来たなぁ
今年も一緒にいれるやんな


ママ

お誕生日おめでとう

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